アスペルGUY

高IQギフテッドと発達障害自閉症スペクトラムアスペルガー症候群の2E。元カウンセラーで元mensa会員。ここだけの超専門的な特徴や対処法などを書いている当事者ブログ。他にも精神障害・ADHD・IQや知能指数・mensaの事なども書いている。幼少期からの重度の不眠症や自律神経失調症を独学と分析により完全克服した経験がある。高IQ者ならではの高度な視点からの具体的で超専門的な内容が満載。きっと役に立つだろう。そして同じような人と繋がっていきたいので多くのコメントやメッセージを寄せてほしい。

 

 

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発達障害アスペルガーが大人になってからの特徴・出来事

アスペルガー症候群は、発達障害の中の自閉症スペクトラムに分類される。

さらに、アスペルガーは5つの種類に分類される。20180119224731

このブログの筆者であるなっさんは、そんなアスペルガー症候群を持っている。

そのせいか、大人になってからも少し変わった特徴や出来事があった。

 

では、大人になってからもどういった特徴や出来事があったのかをまとめていこう。

 

大人になってからの特徴・出来事

工場の仕事しかできそうになかった

当然仕事なんてしたことがなくて、不安と恐怖でいっぱいだった。

 

でも、仕事をしないわけにはいかなかったので、なんとかできそうな工場の仕事を選んでいた。

 

30歳くらいまでは工場の仕事しかしたことがなかった。

 

毎日同じことの繰り返しの日々に違和感を持っていた

特に工場の仕事なんかをしていると、毎日が同じことの繰り返しの日々になる。

そんな日々に違和感を持っていた。

 

その繰り返しの日々が当たり前だと説明されたが、納得がいかなかった。

 

仕事のミスが多いが覚えるのも作業スピードもずば抜けて早かった

仕事でケアレスミスがとにかく多かったが、作業スピードはずば抜けていて、周りの人たちの度肝を抜いていた。

 

しかし、ケアレスミスがとにかく多いことに悩んでいた。

 

目が死んでいると言われていた

職場の先輩から目が死んでいると言われたことがある。

毎日の繰り返しに嫌気がさして、人と関わることにも興味がないし、特に趣味もなかったからだ。

 

仕事を休みたいときは急に仮病で休んでいた(月1〜2回)

仕事を不意に休みたくなることが多かった。

そんな時は仮病で休んでいた。

 

人に迷惑をかけるという考えはなく、自分に与えられた有給休暇を使いたい時に使っていた、それの何が悪いの?という認識。

 

不意に休むことなんて誰でもあるんだから、そんな時はお互い様ということで休ませてあげればいいじゃんと言う考えだった。

 

そのために欠員要因もいるんだからと。

 

とにかく体力がなかった

スポーツに対する体力(持久力)はあったが、仕事に対する体力はなかった。

仕事をすると体がとにかくしんどかった。

 

他の中年くらいの人は全然しんどそうじゃなかったのに、20歳前後のなっさんはとにかくしんどかった。

 

あとでわかったことだが、原因は極度の睡眠不足だった。

入眠が苦手だったのだが、入眠できたとしても睡眠の質がとにかく浅かった。

 

まともな睡眠が取れたことは中学生以来なかったのだ。

 

精神安定剤、眠剤を飲み始めた

生まれて初めて精神安定剤と眠剤を飲み始めた。

久しぶりにぐっすり眠れて、気分も少しだけ安定した。

 

が、こんなものに頼るのはよくないと、すぐにやめた。

 

異性依存

この時のなっさんは異性に依存していた。

常に異性がいなければ淋しくてしょうがなかった。

 

誰でもいいから体を密着させていたかったが、タチが悪いことにすぐ飽きていた。

 

感覚統合による脳内麻薬(エンドルフィン)の大量分泌

感覚統合を自分で急激にやりすぎたため、今までの負の感情によるストレスを全て一気に浴びてしまい、感覚が崩壊したことがある。

 

脳内麻薬(エンドルフィン)の大量分泌だ。

 

日本語が理解できないようになり、日本語が話せない、自分の家の場所しかわからない、その他のことは全部わからない状態になった。

 

具体的には

  • 人の動きが倍速に見えたり
  • 人の表情が形相の怖い人形にしか見えなくなったり
  • 見慣れたはずのモンスターハンターのモンスターの画像を見るとリアルすぎて怖いと感じたり
  • 小さい音でも大きい音に感じたり
  • 匂いに敏感になったり
  • 食べ物が以前よりも美味しく感じられるようになったり

という状態になった。

 

人生を変えたい

自分のつまらない人生を変えたいと思うようになり、人のことを好きになって人と関わるようにしようとし始めた。

 

人を好きになると、自分の人生が楽しくなると考えたのだ。

 

オフ会コミュニケーション(感謝される)

定型発達者の集まるオフ会に参加して、コミュニケーション能力を磨いた。

主催側の手伝いも積極的にするようにした。

 

すると、人から感謝されるようになった。

つまり、自分のことを必要だと感じてもらえるようになったのだ。

 

イベント主催

オフ会の主催をするようになった。

大変だったし人の目も気になったけど、なんとか成し遂げることに成功した。

 

なんでもかんでも一人でやろうとする癖があったけど、いろんな人が手伝ってくれたので、最初からお願いすればよかった。

 

接客業に転職

コミュニケーション能力を磨くことに成功したので、それを活かした仕事をしようと思い、生まれて初めての接客業についた。

 

その時はまだ空気を読むことが苦手だったので、立ち回りに苦労したが少しづつ学習していってよくなっていった。

 

客に嫌気がさして業務に支障をきたし始めた

なっさんがいた接客業界は「携帯ショップ」だ。

この業界はクレーム業界で、なんせ理不尽なクレームが多い。

 

何年もこの業界にいると人間嫌いに陥る人も多い。

なっさんも客に嫌気がさして業務に支障をきたし始めた。

 

接客業から工場に戻った

携帯ショップの客に嫌気がさしていたのと、給料が安かったという理由で工場の仕事に戻った。

 

ストレスも少なく給料もいいので、若干天国のように感じた。

 

夢の生活を手に入れるため脱サラする

自分が幸せになる条件について考えるようになった。

その条件の一部は「時間」「金」

 

その両方とも手に入れることができる仕事をしようと思い、ブログを書いてその収入で生活をするようにした。

 

ベトナム人女性と結婚してベトナムホーチミンに移住

ベトナム人女性と結婚して、ベトナムホーチミンに移住した。

生活に慣れるまではストレスが多かったが、なんとか落ち着いた。

 

ベトナムはうるさいので、聴覚過敏がある人にとってはストレスだが、慣れた。

ベトナム語は全然わからないので、何かあったらと考えると不安でしょうがなかったが、あまり考えないようにして、なんとか落ち着いた。

 

超女脳の妻と喧嘩ばかり

なっさんは超がつくほどの男脳で、嫁は超がつくほどの女脳なので、相性が悪い。

2回/週くらい喧嘩をしていたが、今ではほとんど喧嘩しなくなった。

 

自分がどういう時にどういう感情になったかをお互い何回も何回も話しあった。

それで関係がよくなった。

 

こういうのを「すれ違い」というのだろう。